気だるさに満ち満ちて

夏だ。暑い。
梅雨明けはしたのだろうか。
7月も既に半ばに差し掛かっていた。
部屋の窓は開け放たれて、扇風機がぐるぐると回っている。

冬の気だるさと夏のとは似たようで決定的に違っていて、夏はなんというか体自体が重たくなってくる。
もしかしたら、睡眠不足や生活リズムの悪さによるものなのかもしれないけれども。
その割に心はしゃんとしていて、そのギャップにも少しばかり疲れてしまう。
物語だとか、頭の中で思い描いた夏というのは、いつも鮮やかな色をしていて、どこへだって駆け出せそうな気分になるけれど、現実の夏は違う。
2時間も荷物を背負って歩いていれば、汗がダラダラと流れてきて気持ちが悪いし、5年近くまともに動かしていなかった体はちょっとした散歩ですら、ギシギシときしみ始める。

高校生の頃、自転車で三崎まで行ったことがある。
その頃、僕は千葉に住んでいたから、大体100kmくらいだろうか。
錆びだらけで、籠もべこべこにヘコんでいるボロボロのママチャリで、停滞した日々から逃げ出そうと唐突に飛び出したのを覚えている。
俗にいう家出に近いものかもしれない。
とはいえ、貧弱な僕の体は12時間ほど走ると、簡単に悲鳴をあげて、その日の夜には家の寝床でスヤスヤと眠り、当分は自転車になど乗らないと誓ったものだ。
まあ家出というよりもごっこ遊びみたいなものだった。
残念なことに今の僕はその体の痛さはあまり覚えていなくて、どちらかというと鮮やかな青に囲まれた景色を思い出している。
青い空と海に囲まれた海辺の町の風景も。
自動販売機で購入した冷たいペットボトルの味も。
アスファルトから跳ね返るじっとりとした暑さも。
排気ガスにまみれて、ゆがんだ蜃気楼みたいになった都会の風景も。
全て、鮮明に思い出すことができる。
今思えば、体の痛みも含めて、すべてが非日常で、素晴らしかったようにすら思える。

夏というのはずるいね。その青の鮮やかさで、全ていい思い出だったかのように思えてしまうのだから。
きっとクーラーの効いた部屋の中で、ゲームをしていたほうがよっぽ快適だったはずなのに。

今だって、ほら。
扇風機の回った部屋の中でくつろぎながら、ディスプレイに向かっている。
汗だってかいていないし、体のどこも痛くなったりはしない。
ただどことなくだるくて、どことなく物足りないだけ。
だから遠くの空をちらと見たりして、見たことのない風景を思い描いている。
まったく。いつまでたっても「大人」になれないね。