何が残ったのだろうね

雨の日はあまり好きではない。特に春の雨は。

色を取り戻したかのように見えるこの季節に、唐突に訪れる泣き顔は、映画の中の回想のように思えてしまって、どうにも落ち着かない。得てしてこういう時に訪れる記憶というのはあまり触りの良くないものばかりで、ちらつくだけでやたらと陰鬱な気分になってしまう。

昔はよく過去のことを引っ張り出してはああでもないこうでもないと引っ掻き回し、自分の都合の良いように振り回していた。
記憶というのは自分が思っているよりも曖昧なもので、事実としては残っていても、その時何を思っていたのかなんていうものは、回想している時の自分がある程度コントロールできてしまう。かと思えば、悪意もなくおこなっていた行為が、ふと振り返ってみるとひどく醜悪なものに思えたりして、ひどい自己嫌悪を起こしたりする。そんな自家中毒と快復を繰り返していた。
最近はそういうこともなくなっては来たけれど、やはり時間とか記憶というのは、どんなに泣いても叫んでも流れて過ぎ去ってしまうから、ひどく残酷なものだ。そんなことを考えてまた陰鬱になる。雨があまり好きではないのは、内省やら自己言及やらの声がやたら大きくなってしまうからというのもあるのかもしれない。

駅から降りて、橋の向こう側に見える雨に霞む病院を見たときに、いつかの記憶と重なって見えた。その記憶はひどく曖昧でぼやけていたけれど、ただ漠然とした寂寥感だけが胸の底に響いて残った。
病院は別に幼いころ毎日のように通っていたから、死の臭いと直結しているわけではないのだけれど、やっぱりそういうのはちらついていたのだろう。

久しぶりに訪れた大学病院の中は慣れ親しんだそれのようにも、全く様変わりをしているようにも思えたけれど、違和感というのは特になかった。診察までの数時間の間、本を読んだり、ケータイをいじったりして時間を潰していたのだけど、周りは年配の人々で混雑していて、座っているのがどうにも申し訳ないようにも思えてしまう。しかし病院に来ている以上、こちらも病人なのだから、と理論武装をして、亀の甲羅にこもるが如くディスプレイと活字に集中をしていた。
いろいろな検査を受けて病院を出る頃には、日も落ちかけの夕方で、疲れたこともあって、実家に帰ることにした。

最寄の駅に降りると、きらびやかな照明と無機質な建物たちが出迎える。家へと歩を進めていくにつれて、調和のとれた「街」に入っていく感じが全く慣れない。人工都市ともいえるこの街はある意味クリーンで住みよいのだろうが、異物を完全に排除しているようにも思えるその街並みには息苦しさを覚えてしまって、僕はあまり好きではない。

玄関のドアを開けて、ぼそりと「ただいま」の言葉をぼそぼそとつぶやく。リビングに入り、タバコを一本吸い終わるころに、母親が「ドアの外、見てきなよ。ビルにライティングがされてるよ」と言う。のっそりと立ち上がり、ドアに向かう僕に、興味本位の弟がくっついてくる。
視界の端に入ったのは窓ガラスの照明でかたどられた「3.11」の文字。「どこどこ?」と騒ぐ弟に場所を伝えると、「おおっ」と素直に驚いている。
それはとても綺麗で、まるで去年の出来事が美しかったようにすら感じてしまう。
きっとここでだけじゃなくて、日本中でこんな景色が生まれているのだろう。今日という日を「忘れない」ために。
ショッキングで悲惨な記憶は煌びやかで中身のないものに塗り替えられていく。しかし、それは慰霊の儀式が傍目から見れば美しく見えるのと同じことだ。その表層に大して意味がないことなんて、知っている。

寒いから、と言って早々に部屋に戻った弟のあとを続くように、僕はリビングへと戻った。テレビでは津波の映像がただ淡々と流されている。