水素系制服少女

一度書き始めた日記を書き直すという愚にもつかないようなことを繰り返してばかりいて、それが毎回内容が似ても似つかないものになったりするのを見るにつけ、『バタフライエフェクト』という訳ではないが、過去の記録を書き直す作業は過去自体を書き直しているような錯覚に陥ってしまう。人間というのは記憶の中に生きているようなもので、記憶喪失の物語が時とて劇的になりうるのは、人間自身がまるでコンピュータがフォーマットされてしまうように、自分が新しいものになりうるという期待と築き上げてきたものが完全に瓦解してしまうことへの悲哀によるものなのだと感じる。古くギリシア悲劇では『オイディプス王』がそのようなものだったと記憶しているが、所詮一回の不真面目な学生の知識だからあてになるとも思えない。
夕方からは梅雨らしく、しとしとと雨が降り続けるような一日ではあったが、傘を持つことを忘れたばっかりに濡鼠になりながら自転車を漕ぎ続けて帰った。昨日は皆既月食があったようだけど、同時に低気圧が近づいていて、さらに季節の変わり目ということもあって多くの人が体調を崩しているみたいなのだけれど、僕もそれに負けじと体調を崩した。精神的な疲れが体に来るのか、はたまたその逆なのかは、卵が先か鶏が先かという議論に匹敵するようにも思えるのだけれど、その議論もつい最近解決したようだし、そもそも「病は気から」というから大したものでもないのかもしれない。ところで、心気症というのは精神病になる前兆らしいというのをどこかで見た気がするので覚えておくといいかもしれない。まあどこで使えるとも思えないけれど。