Blue Monday

春、特に四月と言えば、みんながむやみやたらと希望に満ち溢れていたりしますよね。こういう症状を四月病というのだとか。友人が大学に入るまでは全く聞き覚えのない言葉だったから、たぶん一部の大学生しか使っていない言葉だと思うのだけれど。かくいう僕も新生活が全く想像のできないものであることをいいことに、色々と妄想をしていたりします。その妄想というのが、友達がたくさんできるとか、勉強にバイトに充実するとかいう具体性のかけらもないものばかり。自分でもステレオタイプでがっかりしてしまう。でもきっと現実はそんなに甘くないのだろうなあ。なんだか何も得ることなく大学を去ることになるような気がする。
そういえばようやく大学生になりました。なんだかふわふわとしていてひどくすわりが悪いです。もう少ししたら慣れるのかしらん?そもそも大学が遠すぎて、慣れる前に行かなくなってしまうのではないか、という懸念もあるのだけれど。まあこんな僕の心情なんかはどうでもよくて、とりあえず今日入学式があったのでそれについて軽く書いておこうと思う。実は本題はこっち。
ここ何日かは暖かくて春だなあと思う日和だったのだけど、昨日今日はとても寒かった。入学式は10時から。駅からタクシーに乗って学校に着くとちょうど5分前。構内に入っていくと、長い列が並んでいる。とりあえずそこに並んでおけば大丈夫かなという集団心理にしたがって列に並んで進むのを待つ。時計を見ると10時を少し過ぎたあたりなのだけれど、あまり進まない。寒いし、雨は降っているし、列は進まないから、次第にイラついてくる。10分くらいしてようやく体育館に付くころにはすっかり疲弊しきっていた。体育館の中に入ると、人でごった返している。どこに座ろうかなあと思って辺りを見回すと、座席はすでに全部埋まっていて立ち見しかできない様子。ただの入学式ですら苦痛を伴うというのに、それを立ってまで見なければならないという二重苦に苛まれた僕はいろいろとどうでもよくなって、後ろの方に立っていることにした。ぼぅっとしているうちに会場には音楽が流れ始め、ステージ上で何やらパフォーマンスが始められたようだが、後ろに立っているせいで少しも見えない。ものすごくふてくされていて、たぶん見る気もあまりなかったと思う。先鋭的と思われるパフォーマンスが終わり、なにかのサークルが出てきて効果を演奏しはじめる。ふと気がつくと何故か校歌はサンバに変わっていて、舞台上で踊っている人がいた。まあ楽しそうで何よりである。会場に入場して3,40分経ってようやく学長が壇上に顔を出す。もちろん肉眼では顔を拝見できないので、壁に表示された映像を見て顔を把握する。話はまあつまらないものではなかったが、いかんせん疲れているから、あまりまともに聞いていない。たぶん美大ならではの心構えについて話していたと思う。要するに他の一流大学と違って、美大は出るだけでは何の意味もありませんよ、という感じ。全くもってその通りだと思う。その後よぼよぼのじいちゃんと建築家の先生、あとどこかの俳優の人たちも新生活の抱負について語っていた。まあ内容についてはありきたりなものだった。ただ、ひどくつまらなく感じたのは式典独特の硬質な空気のせいかもしれない。そしてすべての式辞が終わったが、まだ式は終わらない。再び壇上に学生と思しき人々が上がっていき、なにやら工作を始めだした。遠めで見ていたせいか何をしているのかさっぱりわからない。でもあれは近めでみていてもわからなかっただろうなあ。おかしなパフォーマンスには違いなかったけれど、まあ開会のときに比べればわかりやすいものだったと思う。というか何かが作り上げられていくのはそれだけで何か感じるものがある。最終的によくわからないオブジェが出来上がり、会場をぐるぐる回っていたスポットライトの色が黄色からピンクになると、頭上から紙吹雪が降りてきて、一瞬本当に桜と勘違いしてしまった。あの演出は少し格好良かった。最後にクラッカーみたいなのが撒き散らされて式は終わり。お疲れ様でした、俺とその他の立ち見の人々。
会場を出ると、外には新入生勧誘の人でごった返している。ここで一応いっておくと、テレビで流れているような有名私大に比べれば、ごくごく控えめなものである。その間をすりぬけていくと、手の上にチラシがどんどんとつまれていく。ああこんなの本当にあるんだなあと少し感動してしまう。そのあと、学生証の交付をしてもらって、きょうはおしまい。終わってしまえばあっけないものだなあと思うわけである。終わるまで長く感じて仕方なかったと言うのになんとも現金なものだ。
まあこれで一応色々な儀式が終わったわけなのだけれど、なんだかこれから「大学生」になるかと思うと複雑な心境である。まあ始めはいつもこんなものか。